大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和34年(オ)378号 判決 1961年12月22日

上告人 奥山栄二

被上告人 宮本功

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人前堀政幸の上告理由第一点について。

上告人は、第一審以来本件家屋の賃貸借は上告人の先代仲二郎の死亡(昭和二十六年八月二十六日)によりその賃借権を右仲二郎の妻である奥山うのと上告人とが共同相続したものであると主張したものであり、第一審判決はこの事実関係をみとめて本件家屋の賃借人は右うの及び上告人の両名であることを前提として、上告人のみに対してした被上告人の賃貸借解除の意思表示は無効であるとして被上告人の上告人に対する本訴請求を排斥したものであり、原審においては被上告人もこの前提に立つて、本件賃貸借は右仲二郎の死後上告人被上告人間の賃貸借に更改せられた、かりに然らずとするも、被上告人はその後昭和三十一年九月八日共同相続人たるうの及び上告人の両名に対して無断転貸を理由として改めて解除の意思表示をした旨主張したことは一件記録上きわめて明白である。

しかるに原判決は、「父仲二郎の死後上告人が右家屋の賃借人となつたこと当事者間争のない以上強いて上告人及び共同相続人たる奥山うのを右家屋の共同賃借人と認める必要もなく」と判示し、結局上告人のみに対する賃貸借解除の意思表示を有効と判断したのであるが、賃貸借を上告人と共同相続したうのが何故に賃借人とならないかの理由の説明に不備あることは論旨指摘のとおりである。

よつて、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴四〇七条に従い全裁判官一致の意見をもつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判長裁判官 小谷勝重は退官につき署名押印できない。 裁判官 藤田八郎)

上告代理人前堀政幸の上告理由

第一点 原判決は、被上告人(控訴人、原告)がした賃貸借契約解除を適法であると判示したが、その理由には不備又は齟齬があるのみでなく共同相続に関する法令又は契約解除の意思表示の方式に関する法令即ち民法第五百四十条第一項、同第五百四十四条第一項の各規定に違反するところがあるから破棄せらるべきである。

(一) 原判決は被上告人に対し京都市下京区西洞院通綾小路下る綾西洞院町七四七番地上建設、家屋番号同町三三番、木造瓦葺二階建店舗建坪十坪五合外二階坪九坪四合並附属木造瓦葺平家建便所及浴室四坪一合(以下「本件家屋」と略称する)を賃料一ヵ月金三千円毎月末払の約定で賃貸していること並に上告人(被控訴人、被告)が、昭和二十九年五、六月分貸料の支払を延滞した為、被上告人は同年七月二十八日に上告人に到達した内容証明郵便を以て右延滞賃料を同月末日迄に支払を催告し、その支払がなければ催告期間満了と同時に賃貸借契約を解除する旨の催告並条件付契約解除の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争がない旨判示した。

然し、右の原判示は証拠に反し理由にそごがあるのである。

何となれば、右原判示の後段である賃料不払の事実並被上告人が上告人に対して判示日時に右賃料支払並条件付契約解除の意思表示をした事実についてのみは当事者間に争はないけれども、右原判示の前段である被上告人が本件家屋を上告人に賃貸しておるとの事実は上告人が終始之を否定して争つておるところであるからである。

このことは第一審判決が特に上告人の右主張につき判断をなし、本件家屋の賃借人が上告人及び訴外奥山うのの両名である事実を認定し因て被上告人の契約解除の意思表示を無効と判断したところによつても明白である。

即ち本件家屋は、昭和十九年頃上告人の亡父奥山仲二郎が訴外畑盛一郎から借受けて居住していたところ、被上告人が昭和二十三年頃畑盛一郎から之を買受けてその貸主となり、その後、昭和二十六年八月二十六日、右仲二郎が死亡したため、同人の長男たる上告人及び同人の妻奥山うのが、その共同相続人となつたのであつて、この事実こそは第一審判決が証拠によつて之を肯認したところであり、被上告人も亦終始明に争わないところである。

従つて被上告人に対する亡奥山仲二郎の本件家屋の賃借権は上告人及び訴外奥山うのが共同相続したものである事実が認められるのである。

若し右の本件賃借権共同相続の事実を否定せんとするならば、(イ)右仲二郎の生前の某日に賃貸人たる被上告人と賃借人たる奥山仲二郎との間に於て賃借権の共同相続を否定する趣旨の何等かの契約が成立していた事実、(ロ)又は右仲二郎死亡後の某日賃貸人たる被上告人と亡仲二郎の共同相続人たる上告人及び訴外奥山うのとの間に於て、一旦共同相続せられた賃借権の賃借人を変更する契約をした事実、或は本件家屋の賃貸借契約につき更改をした事実が明かにせられなければならないのである。

然るに原判決は、上告人が本件家屋の賃借権は之を上告人と訴外奥山うのが共同相続人として相続したものであると主張したのに対し「右事実は控訴人の明に争わないところであるけれども前段認定の如く父仲二郎の死後被控訴人が右家屋の賃借人となつたことは当事者間争のない以上強いて被控訴人及共同相続人たる奥山うのを右家屋の共同相続人と認める必要もなく当審に於ける証人宮本千代子の証言、控訴本人及び被控訴本人の各供述によるも母うのは被控訴人の家族としてその扶養を受けるもので賃借人としての責任は専ら被控訴人に存すること明であるから控訴人が被控訴人に対し賃料不払による賃貸借解除の意思表示をしたのは正当である」(傍点は当代理人之を附す。以下同じ)と判示したのである。

ところが原判示に「前段認定の如く父仲二郎の死後、被控訴人が右家屋の賃借人となつたこと当事者間に争のない以上」と謂うておる点こそは前述の通り上告人(被告、被控訴人)が終始争い主張しておる事実なのであるから、右原判示は上告人の主張を歪曲したか証拠に反して事実を認定したものであつてその判決理由にそごがあるのである。又右原判示に「前段認定の如く」と謂うておるけれども、「その前段認定の如く」というのも前述の通り、何等証拠によらないで、否、上告人の主張を無視し、上告人がそのことを終始争つておるに拘らず、「当事者間に争がない」との理由を以て「被上告人が本件家屋を上告人に貸賃した」との事実を認定しておることを指すものと認むる外ないのであるから、これまた上告人が終始争つている事実-誰が賃借人であるかの点についての争-第一審判決が重要な争点として判断を下しておる点-を事もなげに当事者間に争がない事実として判示しておるのは余りにも無理無態なことであつて判決理由に齟齬があるのである。

又原判決は右争点を無視した上で「当事者間に争のない以上、強いて被控訴人及び共同相続人たる奥山うのを右家屋の共同賃貸人と認める必要もなく」と判示しておるのであるが、前述の通り右争点については「当事者間に争がない」どころではなく、上告人としてはそれを重大な争点としておるのであるから、原判決に於ては判示共同相続人を本件家屋の共同賃借人と認める「必要がない」どころではなく、原判決は、その争点を法理と事実(証拠とも)とによつて適正に解明した理由を判示しなければならなかつたはずである。何故ならば既述の如く、本件家屋の賃借権につき判示共同相続人の共同相続がなされた事実を否定する理由を示すためには法理上既述の通り、判示共同相続の開始前に即前示奥山仲二郎死亡前に共同相続を否定するような契約が賃貸人たる被上告人と賃借人たる奥山仲二郎との間に成立していた事実と証拠を明示するか又は共同相続後即ち前示奥山仲二郎死亡後に賃借権の共同相続を変更するか又は賃貸借契約を改更する契約が成立していた事実と証拠を明示しなければならないからである。然るに原判決は右の争点を解明する理由を何等示さないで唯、当事者に争がないとか共同相続人を共同賃借人と認める必要がないと謂うだけで被上告人が本件家屋を上告人に賃貸しておるのであると判示したのであつて、原判決はこの点に於て判決に理由を附しないか又は附した理由に齟齬があるかの違法があるのである。

尤も原判決は原審に於ける証人宮本千代子の証言、控訴本人及び被控訴本人の各供述により上告人が本件家屋の賃借権の共同相続によつて上告人と共に共同賃借人となつたと主張しておる上告人の母奥山うのは上告人の家族としてその扶養を受けるもので賃借人としての責任は専ら被控訴人に存することが明かであるから被上告人が上告人に対し賃料不払による賃貸借解除の意思表示をしたのは正当である旨判示しておるのであるが、その意味するところが、(1)判示奥山うのは上告人の扶養家族となつておるから、たとえ本件家屋の賃借権が法律上上告人主張のように共同相続せられることになるように思われる場合でも、被扶養者たる共同相続人は法律上、共同賃借人にはなり得ないとする法理を判示したものであるか、(2)或は上告人と奥山うのとが法律上共同賃借人となつたと認め得るけれども賃料支払の催告や契約解除の意思表示は被扶養者たる共同賃借人に対しては之をなす必要がないから経済上専ら賃料支払の責任を負うておる共同賃借人に対してのみ右意思表示をなすを以て足るとする法理を判示したものであるのか不明であるから原判決はこの点に於ても理由不備の譏を免れず、又右原判示が前述の二つの法理の何れかを示したものとするも、それはその根本に於て共同賃借人間の内部関係=誰が経済的に賃料支払の資金を調達するかの関係=と共同賃借人の賃貸人に対する外部関係-共同賃借人に対してなされる賃貸人の法律行為(意思表示)の関係-とを混同し、因て共同相続の法理を無視したか、又は契約解除の意思表示の方式を定めた民法第五百四十条第一項、同第五百四十四条第一項の規定に違反する解釈を判示したかし、以て無効である契約解除を有効なものと判断したのであつて、この点に於て原判決には法令の違反があると謂う外はない。

第二点 省略

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